日本の祭りレポート
こうやまやぶさめ
古来流鏑馬は「矢馳馬(やばせうま)」とも表記され、6世紀の中ごろの欽明天皇の時代、戦乱を治めるため宇佐八幡で天下平定と五穀豊穣を祈って始められたとされます。
宮之馬場に3本の的が設けられ、射手が疾走する馬上からそれを射抜くのです。繰りかえすこと3回。都合9本で、当たった数が多いほどいい年とされています。第1走は特別な「白羽の矢」が放たれます。そして残りの2本にも見事的中。第2走、3本すべて的中。最後の第3走、2本的中し、最後の9本目は外れました。(外しました)8本的中で末広がりなのです。
【取材・文:苦田秀雄】
鹿児島県肝付町高山地区で約900年続く五穀豊穣などを祈願する行事。馬に乗った射手が、四十九所神社の馬場を3回駆け抜けながら合計9本の矢を放ち、当たった矢の数で豊作を占います。射手をつとめるのは中学生の少年。練習の日々を重ね、人馬一体の大役に挑みます。
※出典:ダイドーグループ日本の祭り